Myocardial Bridging

冠動脈は通常心筋表面を走行しているが、先天的に冠動脈の一部が心筋の中に潜っている人が一定数いる。これをmyocardial bridging(MB)という。冠動脈の血液の流れを川に見立てて心筋が橋になっているというネーミングなのだろう。

MBを有している人は意外といる。冠動脈造影では0.5%-12%という報告だが解剖では5-86%、平均して25%の人にMBがあるという。 MBが最も多いのは左前下行枝(LAD)であるが、右冠動脈(RCA)や左回旋枝(LCX)、更には対角枝や鋭角枝にも生じる。潜る深さは1-10mm、長さは10-30mmであると報告されている。特にMBの頻度が多い集団として肥大型心筋症と心移植後の患者がある。肥大型心筋症では80%、心移植後では33%に認められたという報告がある。

myocardial bridgingには2種類あるという報告がある。すなわち「浅いbridging」(前室間溝のLADが心筋と垂直または急峻な角度で心筋と交差するもの)と「深いbridging」(LADが右室側に逸脱し、心室中隔に潜るもの)である。「浅いbridging」の頻度が約75%である。

心筋の中に潜っている冠動脈は収縮期に圧迫されるが、冠動脈が血流で満たされるのは主に拡張期であるため、心筋による圧迫は効率的な心筋の灌流に対して鋭い影響は与えない。

MBの特徴として、bridgingそのものの部位はアテローム動脈硬化を免れるものの、その近位部で硬化が起きやすいことが知られている。実際MBはアテローム動脈硬化部位に対するPCI後に血流が回復して冠動脈造影(CAG)で発見されることもしばしばある。

MBの診断法にはCAG、冠動脈内ドップラー、Intravascular Ultrasound(IVUS)、Fractional flow reserve(FFR)、Cardiac computed tomography angiography(CCTA)などがある。

MBは基本的に良性の状態と考えられているが、狭心症様の胸痛、冠動脈攣縮、心筋虚血、急性冠症候群(ACS)、左室不全、上室性頻脈や心室性頻脈といった不整脈、さらには心臓突然死(sudden cardiac death; SCD)といった症候の原因ではないかと指摘されている。症状や所見に応じた3段階のリスク分類も提案されている。

MBの治療は大きく分けて薬物治療と手術、PCIに大分される。 症候性のMBの薬物療法の第一選択はβブロッカーと非ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬であるが、これを裏付けるエビデンスは限られているのが現状である。カルシウム拮抗薬(CCB)は血管拡張薬であるが、同じく血管拡張薬である硝酸薬は禁忌である。ニトログリセリンは収縮期の冠動脈圧迫を促進し、実際誘発試験時に用いられているほどである。 手術療法にはsurgical myotomy(心筋の切断)と冠動脈バイパス術(coronary artery bypass graft surgery; CABG)がある。surgical myotomyはその名の通りbridgeを形成している心筋を切離する手術であるが、薬物療法抵抗性の症状を有する症例に限られるべきである。CABGは高度で深いbridgeに有効で、現在のところsurgical myotomyとCABGの両方で良好に症状の改善が得られ、重篤な手術合併症は見られなかったという報告がある。 PCIも治療選択肢の一つではあるが、drug-eluting stentであっても血行再建が再び必要になる割合が高いという報告があり、薬物療法抵抗性の場合にのみ検討すべきである。

以上のように、MBは頻度の高い先天的構造的多型であり、基本的に良性ではあるがときに重篤な心疾患に進展する可能性が指摘されていることを踏まえて循環器診療に当たるべきと考えられる。

参考文献 Lee MS, Chen CH. Myocardial Bridging: An Up-to-Date Review. J Invasive Cardiol. 2015 Nov;27(11):521-8. Epub 2015 May 15. PMID: 25999138; PMCID: PMC4818117. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4818117/